3.セックスは、どこかに行くための手段ではない

セックスを、どこかに行く方法としての行為と考えてはいけない。それを手段としてはいけない。
それはそれ自体を目的とするものだ。それに目的はない、それは道具ではない。

二番目に、未来について考えないこと。今にいなさい。そして、セックスの始まりの部分であなたが今にいられなければ、あなたはけして今にいることができないだろう―なぜなら、行為の本質は、あなたが今に投入するということだからだ。
今にいなさい。二つのからだの、二つの魂の出会いを楽しみ、お互いの中に没入し、溶け合いなさい。
どこかに行こうとしているということなど、忘れてしまいなさい。どこにも行かない瞬間にとどまりなさい、そして、溶けなさい。あたたかさ、愛が、二人の人間が溶け合うための状況を作らなければならない。
だから、もし愛がなければ、セックスは性急な行為になる。あなたは相手を使っている。相手は、ただの道具だ。そして相手はあなたを使っている。あなた方は溶け合うのでなく、お互いを利用している。
愛があったら、あなた方は溶け合うことができる。この溶け合うことの始まりは、沢山の一瞥をもたらす。

もしあなたが行為を終わらせようと急がなければ、行為は、だんだんと、性的でなくなり、もっともっと、スピリチュアルになる。
性器もまた、お互いに溶け合う。深い、静かな交感が二つのからだのエネルギーの間で起こる。そうしたら、あなた方は何時間もそのままでいることができる。
このともにあることは、時が過ぎるにつれて、より深く、深く、動いてゆく。しかし、考えないでいなさい。
深く混ざり合う瞬間とともにありなさい。それはエクスタシーに、サマーディに、宇宙意識になる。
そしてもしあなたがこれを知ることができたら、もしあなたがこれを感じ、認識することができたら、あなたの性的マインドは、性的なものではなくなるだろう。

Vigyan Bhairav Tantra, Vol 1

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