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24.愛を交わす前の瞑想
愛しあうことに動いてゆく前に、15分間、お互いの手を交差させて握り、静かにともに座りなさい。闇の中で、あるいは落とした照明の中で、お互いを感じあう。
調和してゆきなさい。ここでのやり方は、ともに呼吸をすることだ。あなたが息を吐くとき、彼女も息を吐く。あなたが息を吸うとき、彼女も域を吸いこむ。
2.3分の内に、つかめてくるだろう。まるで、ふたりがひとつの器官であるかのようにーふたつのからだではなく、ひとつであるかのように。
そして、お互いの両目を見つめあいなさい。攻撃的な目線ではなく、とても柔らかに。
お互いに楽しめるように、時間をとりなさい。お互いのからだで戯れなさい。
その瞬間がそれ自体でやってこない限りは、ラブ・メイキングし始めないこと。愛を交わすのではなく、自分がメイキング・ラブをしていることに、突然あなたが気づくように。
もしそれが来なかったら、それを強いる必要はない。それはよいことだ。眠りにつきなさい。愛を交わす必要はない。
一日、二日、三日、その瞬間が来るのを待ちなさい。それはある日、やってくる。
そして、その瞬間が来たとき、愛はとても深く入っていき、今それが作りだしているような狂気を作り出しはしないだろう。
それはとてもとても静かで、海のようなフィーリングだろう。しかし、その瞬間を待ちなさい。それを強いないように。
愛は、瞑想のようになされるべき何かだ。それは喜びを持って、とてもゆっくりと味わわれなくてはいけない。
そうすると、それはあなたの実存深くにみなぎり、あなたがもはやそこに存在しなくなるような、のっとられるような体験になる。
あなたが愛を交わすのではなく― あなたが、愛だ。
愛が、あなたを包む、より大きなエネルギーになる。
それはあなたたちふたりを超える、あなたたちはその中に失われる。
しかし、あなたはそれを待たなければならない。その瞬間を待ちなさい、そうしたらまもなくそのコツがわかるだろう。
エネルギーが積みあがるのを許し、それ自体で起こらせなさい。
だんだんと、あなたはその瞬間がやってくるときに気づくようになる。その兆候を見始める。
その前兆を、そうしたら、もはや困難さはなくなる。
しかし今は、見たとしても、あなたには正しい瞬間の兆候がまだわからない。
つまり、あなたはまだあなた自身のもっとも深い核に波調があっていないのだ。
それが神経症的な体験を作り出している。
しかし、それは起こる。それについて悩むことはない。
愛は、神のようなものだー あなたはそれを操作することはできない。
それはそれが起こるときに起こる。それが起こっていなかったら、それについて悩むことはない。
それをなんとかしたらあなたが作り出すことのできるものだなどというエゴ・トリップにしないように。それもまた、西洋的なマインドの中にある。
人間は、なんとかして自分がやらなければならないと考える。そうできないと、自分が十分な人間ではないという風に考えてしまう。
The Cypress in the Courtyard Ch3: Darshan Diary
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