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12.ラティハン&プレイヤー・メディテーション
《ラティハン》
インドネシアに、バパク・スブドという稀有な男がいる。彼は知らず知らずに、ラティハンとして知られるひとつのメソッドに出くわした。ラティハンは、最も古いタントラのテクニックのひとつだ。ラティハンは、マハムードラーへの第一歩だとも言える。
それは、からだを波動にまかせること、からだがエネルギーに、非実体的に、非物質的になることを許すということだ。からだが溶けて、境界が消え去るのを許すということだ。・・・
ラティハンはシンプルだ。それは最初のステップだ。それをする人は、まずリラックスして、ゆったりと、自然に立つ。ひとりで立って、誰も邪魔をする人がいないといい。部屋を閉め、ひとりで立つ。
もし誰かすでにラティハンに足を踏み入れたことのある人がいたら、その人がそこにいてくれることは助けになる。彼の存在が、触媒のように作用してくれる。彼はオープナーになる。・・・あなたが自分で開くこともできる、だが少し余分に時間がかかるだろう。それがいやなら、オープナーを探すといい。オープナーはあなたの脇に立ち、彼のラティハンを始める。あなたはただ立っている、すると彼のエネルギーがあなたと脈動し始める。彼のエネルギーがあなたの周りを動き、香りのようにあなたをとりまくー 突然あなたは音楽を感じる。そこによい歌い手や演奏者がいる時のように・・彼の内側の深いエネルギーが動き、部屋全体の雰囲気がたちまち変わってしまう。
あなたは何もしないでいい。あなたはただそこにいるだけだ、ゆったりと、自然にー ただ何かが起こるのを待つ。そしてもし、からだが動き始めたら、それを許さなければならない、あなたはただ協調して、それを許せばいいだけだ。・・・
あなたのからだが突然動き出す、まるで何かにとりつかれたかのように、天からの大いなるエネルギーが、あなたの上に降りてきたかのように、まるで雲がやってきて、あなたをとりまいたかのようにー 今やあなたはその雲にのっとられ、それがあなたのからだに浸透する。
あなたのからだが動き始める。両手があがる、微妙な動きをする、小さなダンス、やわらかなしぐさ。からだが持ちあがる。
何が起こるのか、説明はいろいろある。だがそれは重要なことではない。
だが、私が真理だとみなした最も深い説明は、あなた自身の最高中枢(センター)が、あなたのもっとも低次の中枢をとらえるというものだ。
あなた自身の意識のもっとも高い頂が、もっとも低次の無意識なマインドをわしづかみにする。あなたが尋ね、あなた自身の内なる実存が答える。
他に誰もいるわけではない、ただあなたの知らないあなた自身の実存は、あなたよりも優れている。あなた自身の内奥の実存は、あなた自身の究極の開花の可能性だ。それは、あたかも花が種に乗り移り、答えるようなものだ。種は知らない、だが花は知っている・・未来が過去に答えるがごとくー 未知なるものが既知なるものに答えるがごとくー
ラティハンでは、全身をゆったりとさせて待つ、そして協調する。すると突然、あなたはある衝動を感じる。手がひとりでに持ち上がる、まるで誰かが見えない糸をひいているかのように。それを許しなさい。足が動く、ターンする、ちょっとしたダンスを始める。それは混沌としたものだ。
しかし、だんだんとあなたが深まってゆくにつれ、それはそれなりのリズムを持つようになる。そうなれば、それはもう混沌ではない。それはそれ自体の秩序を持つ。ただし、強いられたものではない。あなたの最高の可能性が、低次の肉体をとらえて、動かしているのだ。
あなたはだんだんとすばらしい感覚を味わうようになるだろう。自分と宇宙の間に、出会いが起きているのを感じるようになるだろう。
だが、これは一歩目でしかない。私はあなた方に、最後の一歩をまっとうしてほしい。
少なくとも30分、60分やれたらすばらしい。だんだんと、30分から60分のダンスへ進んでゆけばいい。
60分の間に、あなたのからだは毛穴から毛穴まで、細胞から細胞まできれいになる。それはカタルシス、浄化だ。
あなたは完全に生まれ変わる。・・・それは新しい誕生、再生だ。そしてあなたは、あなたのすべてに降りそそぐエネルギーを感じるだろう。内も外もー
《 プレイヤー瞑想 》
そうしたら、祈り(プレイヤー)でしめくくりなさい。
あなたが完全にきれいになって生まれ変わったように感じたら― 用意はできた、そうしたら、地面にひざまずく。ひざまずくというのは素晴らしいことだ。ちょうどスーフィーたちがひざまづくように、回教徒がモスクで祈りを捧げるように、ひざまずく。 なぜならそれが、ラティハンに一番いい姿勢だからだ。
そうして、目を閉じて、両手を空に向かって伸ばす。そして自分を、からの器、中空の竹のように感じる。内側が中空―ちょうど壷のように。頭は壷の口だ。すると、エネルギーが、すさまじい勢いであなたの頭の上から降りそそぐ。まるで滝の下に立っているかのようだ。あなたに用意ができたとき、それは大変な勢いで降りそそぐ。・・・
自分の内側が空っぽだと感じてごらん、中には何もない、ただの虚空― するとエネルギーが、あなたを満たす。完全に満たす。それがあなたに降りそそぐのを、できる限り深く許すこと― それがあなたのからだと心の魂のすみずみまでいきわたるように―
そしてそれを感じ、自分が本当にいっぱいに満たされて、からだが震えるくらいにまでいったら―
ひざまずいて、頭を地面につける。そしてそのエネルギーを大地に注ぐ。エネルギーがあふれ出すのを感じたら、大地に注ぎ込む。
空から取り入れて、大地に返す。そしてあなたはその間にいて、中空の竹になる。
これは7回繰り返されなくてはいけない。空から取って、大地に注ぐ。大地に口づけして、注ぎ込む。完全に空っぽになるのだ。・・・
これを7回、繰り返す。なぜならこれは1回ごとに、からだの中のチャクラ、エネルギーの中枢をひとつずつ貫くからだ。・・・
あなたはアースされている。あなたはただそのエネルギーを大地に注ぐだけだ。エネルギーを流すただの器、一本の中空の竹―
7回以上ならいくらでもいい、だが、それ以下はまずい。そうしたらこれは完全なマハムードラーになるだろう。
もし毎日やれば、3ヶ月もしないうちに、ある日あなたは自分が"いない"のを感じるだろう。ただエネルギーが宇宙と脈動しているだけだ。そこには誰もいない。さしもの自我もすっかりいなくなり、"やり手"はいない。宇宙はそこにあり、あなたがある。海といっしょに脈動する、波―
それがマハムードラーだ。それは最終的なオーガズムであり、可能な限り、もっとも至福に満ちた意識の状態だ。
これはちょうど、ふたりの恋人たちが愛を交わしているのと同じだ、ただ100万倍も強烈に・・同じ現象が、何百万倍にも大きくなっているのだ― なぜなら、今やあなたは宇宙全体と愛を交わしているからだ。だから、タントラは、セックスのヨーガとして知られているのだ。タントラは、愛の道として知られている。
Tantra the Supreme Understanding Ch 6
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