頂と谷間のオーガズム
そこには、二種類のオーガズムがある。頂きのオーガズムと、谷間のオーガズムだ。
頂きのオーガズムでは、あなたは射精するだろうし、彼女も精妙なエネルギーの射精をする。谷間のオーガズムにおいては、あなたは射精しない。それは受身のオーガズムだ・・・とても静かで、とても精妙だ。震えはそこにあるが、ほとんど知覚できないほどだ。
頂のオーガズムでは、あなたはとてもとても至福を感じるだろう。谷間のオーガズムでは、とてもとても平和に感じるだろう。そして、その両方が必要なのだ。両方が、タントラのふたつのアスペクトだ。
全てのピークが、それ自身の谷間を持っており、全ての谷間がそれ自身のピークを持っている。ピークは、谷間なしには存在しえず、逆もまたしかりだ。
深いオーガズムに至ったら、彼女の内側にとどまって、しばらく休息の時を過ごしなさい。その休息は、とてもとても深い。オーガズムの後の休息は、谷間のようなものだ。あなたは頂点に達し、谷間に戻ってきた。それはとても涼しく、影になっていて、あなたは休息する。そして本当にオーガズムの後に、多くのことが起こる・・・融合し、溶けることが。からだは疲れ、疲労し、費やされた。マインドはショックの中にいる。それはほとんど、電気ショックのようなものだった。
あなた方が愛の状態から出てきたとき、再び、共に祈りなさい。祈りで、締めくくりなさい。
違いは、瞑想するとき、あなたはあなたで瞑想し、彼女は彼女で瞑想するということだ。なぜなら、瞑想はともにはなされえないからだ。瞑想は、一人の努力だ。だから、あなたはともに瞑想するかもしれないが、それでも、あなたはひとりだ。 つまり、あなたは独りで、彼女も独りだ。そして、あなた方は互いに礼拝し合う。それもまた、異なる。他者は、祈りの対象となる。そうして、愛を交わす間、あなた方は完全に失われる。あなたはあなたでなく、彼女は彼女でなくなる。誰も誰が誰かわからない。すべてが、エネルギーのプールの中に見失われる。男と女の極性は、もはや極性ではない。境界が溶け、入り混じる。時々あなたは女性のように感じ、彼女は男性のように感じる。時々彼女はあなたの上になる。時々あなたは受身になって、彼女がアクティブになり、役割が交代する。それは、エネルギーの偉大なドラマだ。すべてが失われ、捨てられる。そしてあなたはその最も内側の体験から出てくる。
そうしたら、ともに祈りなさい。それが、4つめのことだ。
ただ神に感謝しなさい。そして、けして不平を言わない。 なんであれ、起こったことが正しいのだ。「これは起こらなかった、これは起こるべきではなかった」と言わないこと。私たちがいったい何者だろう?彼のほうが、よく知っている。ただ彼に感謝しなさい、何が起こったにしても。深い感謝とともに、お礼を言いなさい。額づいて、あなたの頭を大地につけ、深い感謝とともにそのまましばらくいなさい。
瞑想は、ひとりだ。礼拝においては、他者は重要だ。そして、祈りの中では、あなた方両方が、神に祈る。
だから、これら3つのことが含まれなければならない。それらが、タントラが起こる風土を創り出す。そうしたら、それを一週間に一度、行うといいだろう。
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