Krishna Radha クリシュナ・ラダ (カミーラ・ルーリョ)プロフィール
イタリア南部・ナポリ生まれ。彼女の反逆的なスピリットは 思春期からすでに彼女のファミリーが属していたナポリの快適な中産階級のライフ・スタイルを拒み、光明の「究極的」体験を求めるスピリチュアルな巡礼の旅を始めた。 ヨーロッパ各地を旅した後、1974年、インドの神秘家・バグワン・シュリ・ラジニーシ(現在はOshoと呼ばれる)のアシュラム(修道場)に到着し、彼の弟子となった。16年間に渡ってOshoのもとでワークし、中でも、「エナジー・ダルシャン」とよばれた マスターと弟子の間で起こる神秘的なエネルギー伝達のミディアム(媒体)として働いた実験的体験が、現在彼女の行っているワークの礎となった。
Oshoが肉体を離れた後、それまでの体験のすべてを統合する形で、世界各地様々なタントラ・グループのリードをスタート。生のすべての豊かさを生きるアプローチという意味で、自身のワークを「Tantralife タントラライフ」と名づける。 90年代初頭から、インド・プネーのマルティバーシティを中心に、イタリア国内・インド・スカンジナビア諸国・ギリシアなどでワークショップ、セミナーをリードし、セラピスト・トレーニングに参画してきた。 03年、自伝でもある「タントラライフ〜変容のヴィジョン〜」(和尚エンタープライズ・ジャパン刊)が日本で刊行され、その後、イタリア・イスラエル・インドなどで翻訳・出版が続いている。 イタリア・トスカーナ在住。 タントラライフ・ワークラダのワークは、Oshoとのダイレクトな体験の中で生まれ、豊富な瞑想の実践と 波乱万丈な生の中で拡大された彼女の豊かなレゾナンスから分かち合われます。様々なタントラのテクニックは、彼女の醸し出す強力なエネルギーの磁場において、その錬金術的力を発揮します。ラダの彼女の類まれな直観力と洞察力をいっそう際立たせるのは、彼女のからだから、ハートから縦横に放射される南欧の女性的あたたかさと、シャープでありながら愛情深いユーモアのセンスです。時に痛みや恐れに向き合いながらも、彼女といる時間は、豊かな笑いがあり、気づきがあり、生のダイナミックな美しさにあふれたものです。
ラダのワークは、現在、欧米で近年もてはやされている「性の改善技法」としてのタントラとは一線を画しています。それは、性を含めて、日々の生全般が豊かになるような個人の成長に、意識の変容に焦点を置くものです。 「私は、通常のマインドの知覚を超えて、参加者を意識の高みへと連れて行きます。マインドの論理的な面を超え、直接的な方法で 彼らの感情や実存とつながり、直感的な側面を拡大して行きます。そうすることで、不必要に過去を掘り返すことなしに、生エネルギーの流れを妨げるものが溶けはじめ、生や、仕事や、関係性、瞑想の流れは自然で、祝福に満ちたものになってゆきます」 (ラダ) 彼女は、性エネルギーを瞑想へと変容する「メソッドでないメソッド」を与えることで、何千人もの人々が、自分の中心に、自分のうちなるマスターにつながるのを助けてきました。 彼女の生徒や、ワークショップの参加者たちはこんな風に話しています。
「何年も何年ものグループ、セラピー、ワークの後で、私は、自分を今ここに連れ戻してくれるラダのやり方にとても感謝しています… 私のための最も大きい贈り物は、恋人が 無限に向かう扉であることを見つけたことでした。 私はそれに関して読んでいましたし、気づくことなしにそれを生きたことも時にありましたが、私は今ではそれを生きることができます。そして、私が、私の女性性をもっと受け取り、より受容的になるほど、ダンスはもっと素晴らしくなるのです!」
「何が彼女へと私を連れていったのかはわかりません、それが何であったにせよ、それに感謝しています。だって、ラダが人生の喜びを、そしてどれほどの美が世界に、私自身に、そしてセックスにもあるかを見つけ出す意志を取り戻させてくれたのですから」
「私は、満ちている自分を、私の生が満ちているのを感じます。まるで感覚に新しい力が宿ったかのように、私は自分のまわりのすべてを異なった目で見ています。より深く自分の痛み、同時に喜びも感じ、自分自身に対して、私が感じるものに対して、より存在していると感じます。好奇心をもって自分に耳を傾け、思考を眺め、彼らを手放して、達成するものなどどこにもない、というこのリアリティに手放します」
「これはタントリック・セミナーへの私の最初の参加でした、そして、私の最初のためらいと抑制にもかかわらず、それは感情的にも肉体的にもとても解放的な経験でした。セミナーの間、また終わってからを通して一番驚いたのは、完全に自然なプロセスの一部として、私がそこに向かわされていった、感情の深い層でした。大きな結果は、苦痛と喜びが混ざり合う中で深く感じるキャパシティと同じだけ、私自身の深い性的な本質を再発見したことでした。 まるで、手をとられ、恐怖がもはや障害ではなくなると知っている方法で深淵の縁へと連れて行かれたかのようでした。それは、降伏への最初の一歩でした」
「私がこの経験から持ち帰ったものは、どんな瞬間にも息をとめることができ、どんな瞬間にも呼吸することができるという気づきです。 これは私の人生であり、私は愛されるに値するのだという気づき、もし私が自分を愛するなら、人もまた私を愛するだろうという気づきでした。再び呼吸することを学ぶと、どんな心配も溶け去ります」 〜 ヨーロッパでのセミナー参加者より〜
「ラダのリトリートが予想を遥かに超えた深さと強烈さで僕のすべてを揺さぶり、その圧倒的な体験から今日もまだ涙が溢れて止まりません。昨日のサットサングでは、和尚が臨在しているとしか感じられないほどの圧倒的な愛と至福の精妙な波動が空間を満たしつくしているのを強烈に感じました。それは光よりももうちょっと肉体レベルに近いところの微粒子の圧倒的な放射現象として感じられました。いったいラダは何をどうやって、何が起こっていたんだろう!?ともあれ涙と笑いが同時に爆発的に起こり、僕の全存在を洗い流しリセットしてくれたようです。全てが魔法のように不可解な神秘に思えます。しかし、それは確実に僕を変容の坩堝のなかに投げ込んでくれた。新たな理解と認識が、僕の中で芽生えつつあります」
「駅で皆さんとお別れする時の事なんですよ。私は皆さんが乗る東京行きより3分遅い、別のホームから出るのに乗る事になったんです。なので、エスカレーターに向かう皆さんの列を見送りました。私の前をお一人ずつが通り過ぎていかれるのを見た時、また目の前に川が流れました。セッションに取り組もうとするたび目の前を流れた沢の光景です。 "ああ、川だったんだ" そう思いました。何時間も登り上がった上流の沢があの4日間だったんだと思いました。ぎりぎりの緊張感と清冽な世界です。 怖がりながらも淵に飛び込めたのはそこが美しかったから。皆さんが水のように私を受け入れてくれたから。 後姿に一人で「ナマステ」と覚えたばかりの事をしていました。 今度私が撮った沢の写真、送っていいですか?皆さんに見て欲しいなぁ・・」 〜05年日本でのタントラ・リトリート参加者より〜 |
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